メタバース レジリエンス教育
「生きている現場」で学ぶ
メタバースレジリエンス教育とは
日々状況が変化する場で働く方にとって「生きている現場」での対応方法を学ぶことは、とても重要です。業務中、予期せぬ突発的な事態に直面した時、既存の作業マニュアルに従うだけでは解決できないことがあります。そうした場面で、いつもと同じように、安全に仕事ができる状態を維持できるレジリエントな対応が必要となります。そこで、災害防止と業務パフォーマンスアップに役立つといわれる予測(anticipate)、注視(monitor)、対処(respond)、学習(learn)、の4つの能力(レジリエンス能力)を身につけ、さらに向上させる手法の一つとして、メタバースを活用したレジリエンス教育を考案しました。
ここで扱うメタバースを活用したレジリエンス教育は、既存のメタバース教育コンテンツ(株式会社杉孝と株式会社積木製作が共同開発した足場組立・解体トレーニング用)を活用して、新ヒヤリ・グッジョブ報告アプリ KATETOSから得られたヒヤリハット事例に基づき教育プログラムを作成しています。メタバースを活用したレジリエンス教育の一例を、次に掲載します。
事例
メタバース教育用ヒヤリハット事例
足場組立作業の初日、通常5名1チームで行うところ、1名が急に病欠したため4名で行うこととなった。経験年数1年1か月の22歳のヒヤリハット体験者Aは、まだ不慣れな建地(支柱)の建込作業に従事した。足場は、手すり先行システム足場(くさび緊結式足場)で、体験者が3層目の作業床上で2層目にいたBから建地を左手で受け取ろうとした際、手すりの片側のくさびが正しく打ち込まれていない状態だったため、体を預けたところ、手すりが外側に回転し、あやうく墜落しそうになった。
メタバースによる追体験再現シーン
(手すりの片側のくさびが正しく打ち込まれていない)足場の3層目の作業床の端部でAが支柱の荷揚げ作業中、2層目にいるBから支柱を受け取ろうとしている。 ※()内は被験者に知らせない
メタバース教育における体験者AとBの想定される行動パターン
(AとBがペアとなって体験)
<A>
①受け取る前に手すりを直す(近づかない)➝手すりは回転も落下もしない・Aも墜落しない
②支柱を受け取ろうとして手すりから頭を20°出す➝手すりが回転する・Aは墜落しない
③支柱を受け取ろうとして手すりから頭を45°出す➝手すりが落ちる・Aは墜落しない
④支柱を受け取ろうとして手すりから頭を90°出す➝手すりとともにAが墜落する
<B>
①「身を乗り出すな」と声掛けをしてBに支柱を渡す
②声掛けせずにBに支柱を渡す
□AとBが体験する行動パターンは全部で8パターン
ポイント解説
これは、手すり先行システム足場においてくさびがしっかり打ち込まれていない状態で体を預けたところ手すりが回転し、墜落しそうになったというヒヤリハット事例です。
教育のポイントは、メタバース上で再現する際、被験者において「くさびがしっかり打ち込まれていない」状態であることは知らせずに作業体験をさせるという点です。
前掲の体験者AとBの想定される行動パターンに示したように、Bから支柱を受け取るAは、
①支柱を受け取る前に手すりを直していれば、あるいは手すりに近づかなければ、手すりは回転も落下もせずAは墜落することもありません(グッジョブ・Good Job)。②支柱を受け取ろうとして手すりから頭を20°外へ出してしまうと「手すりが回転する」というヒヤリとした体験をすることになります(この場合、とっさに支柱につかまる等したため、手すりは落下せず、墜落もせずに済みました。ヒヤリハット・No Injury No Accident)。③手すりから頭を45°外へ出すと、手すりが落下し墜落しそうになる危険を身をもって体験できます(落下事故・No Injury Accident)。さらに進んで、④支柱を受け取ろうとして手すりから頭を外へ90°出すと、手すりとともに墜落してしまいます(墜落災害・Major Injury)。
このメタバースでは、 ②のような事故・災害に至る直前のヒヤリとした体験を疑似体験できることが特徴の一つであり、「墜落しそうになったが、ギリギリのところで事故・災害を回避できた」ヒントを体験的に学習することができます。
また、この教育では、被験者に安全な作業のためにはどのように行動すればよいかということを自らの頭で考えながら体験してもらい、被験者各人ごと異なるメタバース体験をもとに振り返り学習を行い、レジリエントな対応を学ぶことができます。
この参加者全員による振り返り学習とは、他者経験を共有することであり、これまで把握できていなかった現場従事者の暗黙知(自らの知恵と工夫により実行したレジリエントな対応)を共有することで、一人では気づけなかった新しい視点を獲得することができます。

画像提供:株式会社 杉孝
画像提供:株式会社 杉孝
メタバースを活用した教育事例
現場から報告のあったヒヤリハット事例を基にして、メタバースを活用したレジリエンス教育プログラムを作成し、研修を実施しています。
なお、この事例では、株式会社杉孝と株式会社積木製作が共同開発した「メタバース足場組立教育-くさび足場組立・解体作業-」を使用しています。
足場の解体作業中の布材の荷下げ作業
メタバース教育シナリオ構成:足場の解体作業中の布材の荷下げ作業



画像提供:株式会社 杉孝
メタバースとは
メタバース(Metaverse)とは、インターネット上に構築された仮想空間や仮想世界の総称で、人々がアバター(自分の分身)を使って、自由に移動、探索することができ、他のユーザーともリアルタイムに交流できるデジタルな空間を指します。
近年、こうしたメタバースの特性を踏まえた、安全教育が注目を集めています。
メタバースを活用した教育のメリット
メタバースを教育に活用した場合の優位性として次の5点が考えられます。
- ① 安全性 実際の危険を伴わずに訓練ができる
- ② 没入感 実際に体験しているような感覚で学べる
- ③ 繰り返し学習 何度でも同じシナリオで練習可能
- ④ 遠隔対応 地理的に離れた場所でも同時に訓練が可能
- ⑤ 記録と評価 行動ログを記録し、後で振り返りや評価ができる
従来の安全教育との違いをみてみると、従来の教育において課題となっていた点がメタバースによって発展的に解決できるようになっていることがわかります。
メタバース教育の課題
このように、さまざまな可能性を秘めたメタバース教育ですが、新たな技術であるがゆえの課題も存在します。
- 技術的なハードル
高性能なデバイスが必要:VRヘッドセットや高スペックPCが必要な場合があり、導入コストが高い。
インターネット環境の依存:高速で安定した通信環境が必要。 - 導入・運用コスト
初期投資(機材、ソフトウェア、開発費)が高額。維持管理やアップデートにも継続的なコストがかかる。 - 教育現場での準備不足
指導者のITリテラシーに差がある。カリキュラムや教材がまだ整備されていない。 - 身体的・心理的な負担
長時間のVR使用による酔いや疲労。仮想空間での孤立感や現実感の喪失。 - セキュリティとプライバシー
個人情報の取り扱いや、仮想空間内でのハラスメント・トラブルへの対策が必要。 - アクセシビリティの問題
障がいのある人や高齢者にとって、操作が難しい場合がある。多言語対応や音声・視覚支援の整備が不十分なことも。 - 教育効果の検証不足
メタバース教育が本当に学習効果を高めるのか、エビデンスがまだ少ない。一時的な「流行」で終わるリスクもあり得る。 - コンテンツ開発費用
安全教育に特化した高品質のメタバースコンテンツを開発する場合、専門知識や技術が必要となり、多大なコストを要する。